当初、私は現地で韓国人の友人と一緒に申し込もうとしたのですが、旅行代理店の人に言われたのが、韓国と北朝鮮は「休戦中」であり、正式に戦争が終わったわけではないため、韓国国籍の人が板門店(パンムンジョン)に行くのは法律で禁じられている、ということでした。
そのため、私は一人でツアーに参加したのですが、バスに乗ってから共同警備区域(JSA)に近づくにつれ、段々と物々しい雰囲気となって、内心とても不安になって行ったのを覚えています。
途中、韓国軍の軍人がバスに乗り込んできて、私たち乗客一人一人のパスポートと服装をチェックされました。
何でも、赤い服など、目立ったり北朝鮮軍を刺激するような服装をしていると、突発撃たれてしまうこともあるということで、赤いコートを着ていた人は脱がされていました。
その日は1月中旬で、韓国と北朝鮮の国境付近は昼間でもマイナス数度と非常に寒かったので、あのコートを脱がされた方は本当に寒くて大変だったと思います。
また、現地についてからは誓約書にサインをさせられ、そこには「万が一何かが起こって命を落とすようなことがあっても、責任は問いません」という内容のもので、サインをする前に一瞬たじろぎました。
韓国側にある建物から撮った、北朝鮮の写真です。
ズームアップ ↓
人がいるようには見えませんが・・・
韓国側の博物館の中では、庶民の暮らしや学校の様子などが再現されて展示されていました。
北朝鮮の小学校の教室の再現 ↓
やはり、黒板の上の肖像画が特徴的ですね・・・。
私が行ったのは10年前でまだ金正日氏の時代だったため、おそらく今では教室にはもう一つ写真が増えて、金正恩氏の写真も飾られているのでしょう。
北朝鮮の兵士がすぐそこに
また今でも強く印象に残っているのが、JSA内にある会談場です。
狭い会談場では、もうすぐそこに北朝鮮の境界線があるため、非常に不思議な気持ちがしましたし、ツアーの参加者もみな緊張していました。
また、そこに入る前の説明で「部屋の中のあの部分を超えたら北朝鮮に亡命希望とみなされることになりますので、くれぐれもあちら側に行かないように注意をしてください」といわれ、「北朝鮮に亡命希望!?」と、みな恐々感じていました。
会談場の内部の様子 ↓
万が一の銃撃戦の恐れのために、常に身体の半分だけを建物から出しているのだそうです。
警備する韓国兵
こちらは、北朝鮮側で、兵士もすぐそこに映っています。
まとめ
今回の記事では取り上げることができませんでしたが、これまで韓国へ脱北した人々は、一般人だけでなく軍人も過去に何度か脱北しています。
これまでに脱北をした人々やその家族、そして今この瞬間にも命を懸けて何とか脱北しようとしている人々と家族のみなさんに、一日も早く平穏な日々が訪れることを願ってやみません。