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脱北兵や家族・住民に影響の拡声器放送とは?宣伝音声の内容[前編]

北朝鮮で兵士をも脱北・亡命させるほどの影響を与える、対北拡声器放送とは何でしょうか?

今年6月に韓国へと亡命した北朝鮮兵士は、韓国が北朝鮮へ向けて放送しているこの対北拡声器放送を聴いて脱北することにしたと語っていました。

 

 

また、今年11月13日に亡命のために軍事境界線を越え、多くの銃弾を受け、現在は韓国の病院で保護されている北朝鮮の兵士も、意識不明の状態から回復すると、「韓国の歌が聞きたいです」と語りました。

脱北兵や脱北者の家族がどうなってしまうかということについてや、近年北朝鮮で急増している脱北離婚と呼ばれるものについては、こちらの記事に書いてありますが、こういった危険を冒してまで脱北・亡命する動力となるものは何なのでしょうか?

 

数日前に書いた、脱北者の家族に関する記事内で、10年前に私が韓国と北朝鮮の軍事境界線を訪れた際のエピソードや写真をご紹介しましたが、私はなぜか20代半ばあたりから北朝鮮問題について関心を持つようになっていました。

もともと、仕事でもプライベートでも海外に行くことが多く、また以前に住んでいた国では国際関係で仲裁を行ったりすることがあったことから、日本の隣国でいまだに「休戦状態」である地域があるということが、不思議に感じられて仕方がなかったのです。

今回は、北朝鮮の兵士や家族、民間人たちにも大きな影響を与える拡声器放送について書いてみたいと思います。

 

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韓国の対北拡声器放送、北朝鮮の対南拡声器放送とは

まず、韓国の対北拡声器放送というのは、北朝鮮にいる兵士や住民たちに韓国や世界の情勢、北朝鮮の現状について知らせることを目的としたもとのです。

逆に、北朝鮮が行う対南拡声器放送というものもあり、こちらは韓国に住む兵士や住民に向けて、いかに北朝鮮が素晴らしい国であるか、韓国は酷いところか、といったことなどについて語ることを目的としています。

簡単に言ってしまえば、両方とも相手国の人々の思想に影響を与えようとする「宣伝合戦」です。

 

拡声器放送、宣伝合戦の背景

まずは、この宣伝合戦がいつから始まり、どのように展開してきたのか、簡単にその流れを見てみましょう。

ことの始まりは1962年、韓国によって対北拡声器放送が開始されます。

その後、2004年、当時は南北関係が比較的良好となり、双方、拡声器放送を取りやめることに合意。

これをもって、1962年より42年間続いてきた拡声器放送による宣伝合戦が終わりになり、韓国では非常に大きく取り上げられたようです。

ところがその4年後、事件が勃発します。

 

2010年、北朝鮮の魚雷により韓国の哨戒艦「天安」が撃沈され(「韓国哨戒艇沈没事件」または「韓国哨戒艦沈没事件」)、乗組員104名のうち46名が行方不明に。

 

出典:Republic of Korea Armed Forces, CC BY-SA 2.0

 

この事件をきっかけに、韓国は拡声器までは使わなかったものの、FMを通して対北宣伝放送である「自由の声」を再開します。

そして2015年、再び大きな事件が勃発。

 

2015年の8月4日、北朝鮮によって埋め込まれたと見られる木箱に入れられた地雷が非武装地帯(DMZ)で爆発し、これにより韓国兵2名が被害に遭い重傷を負います。

この非武装地帯(DMZ)というのは、軍事活動が許されない地域であり、平和条約や休戦協定などによって設けられたものであるため、そこに地雷が仕掛けられるなどということは本来一切あってはならないことです。

そのため、韓国側はこの事件を重く受け止め、11年ぶりに対北拡声器放送を再開します。

 

しかし、北朝鮮側はこれに非常に危機感を感じ、韓国と協議、8月25日に南北共同合意文を通し、南北関係に関する重要ないくつかの点で合意します。

そこで、韓国による対北拡声器放送は中止されました。

 

ところが、この合同合意からわずか8ヵ月後の2016年1月、北朝鮮が第4次核実験を行います。

これを受け、韓国側は対北拡声器放送を再開することとなりました。

 

韓国と北朝鮮の拡声器の数や質は?

韓国側は、48個の超大型スピーカーを使い、11箇所において大音量で北朝鮮に向けて宣伝放送を流しています。

 

実物を再現したイメージです。

これを使って大音量で流すのですから、かなりの迫力がありそうです。

 

拡声器の性能は昼間には10km以上夜間には最大で24kmまで放送が聞こえるそうです。

 

北朝鮮側の拡声器はというと、設置箇所は韓国に対抗するため、韓国が設置したところと同じ場所に設置します。

ただ、北朝鮮の拡声器の場合、性能が悪い上に老朽化が酷く、出力音声が弱いそうです。

韓国の拡声器の方が3倍ほど大きな音なのだそうですが、これは例えると、人が2人対面して話しているとすると、片方の人が相手よりも3倍大きな声で話しているようなものだということです。

 

更に、北朝鮮の拡声器はボリュームが小さいだけでなく、音声の質でもかなり劣っているようです。

というのも、韓国の拡声器の場合、音声の内容がハッキリと明瞭に聞こえるのに対し、北朝鮮の拡声器の場合、「ブイ~ン、ブイ~ン、ブイ~ン」「ザザザザザ、ガガガガ、ザザーーー」といったようなノイズが非常に強く、放送の内容が何を言っているのか聞き取りにくいような質なのだそうです。

 

いずれにしろ、韓国側と北朝鮮側の両方による大音量の拡声器放送ですが、北朝鮮との国境付近に住む韓国住民は、その拡声器放送の音のために睡眠障害を起こすほど、被害を被っているとのこと。

韓国国防省では、このような対北拡声器放送は一日に8時間ほど行うとしていますが、国境付近の住民の証言では、朝から晩までずっと放送されているということです。

また住民たちは、韓国側、北朝鮮側の両方の拡声器の音声で悩まされているものの、特に精神的に苦痛なのは北朝鮮側の拡声器だそうです。

 

このことを聞いた時、私は北朝鮮の放送の内容のためなのかと思ったのですが、実はそうではなく、上でも触れたように「ザザザザーーー」「ガガガガガ」などのノイズがとにかく酷いため、ただの雑音が大音量で鳴り響いているためだそうです。

 

 

私が子どもの頃、当時実家の上はよく飛行機が通っていた(しかも結構、低空飛行で飛んでいた)のですが、そうすると、「ゴオオオオーッ」という大音量でテレビの音は聞こえないし、家族の会話も相手が何を言っているのか聞こえない、という感じで、かなり疲れたのを覚えています。

拡声器放送の場合、それが朝から晩までひっきりなしだということですから、どれだけ精神的に苦痛なのかと、本当に気の毒に思います。

 

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北朝鮮が拡声器を時々自国へと向けなければならない理由

そんな性能の悪い北朝鮮の対南拡声器ですが、対南拡声器を時々、自国北朝鮮側へ向けている時もあるということです。

もともと、対南拡声器放送というくらいですから、放送内容は韓国の住民に北朝鮮のことを宣伝する目的で作られているものです。

それが何故、自国へ向ける必要があるのでしょうか?


韓国から見た対岸にある北朝鮮[自己撮影]

 

それは、上でも触れたように、韓国側の拡声器の音量が3倍ほども大きいため、北朝鮮の拡声器放送の内容が周囲に聞こえずらいということが原因となっています。

そのため、韓国側に向けて一生懸命放送しようとしても、その内容は思うように韓国側には届かないという現状があります。

また、拡声器の性能が悪くノイズが多いため、北朝鮮側の拡声器放送は実際、韓国を攻撃するというよりも、ほぼ韓国の放送の邪魔をするくらいの程度の役割のものになってしまっているそうです。

 

そもそも、例え北朝鮮側の放送が韓国側の住民にハッキリと明瞭に聞こえたとしても、内容が内容だけに、韓国側の住民がその内容を信じたり、思想を変えるなんてことはほぼありえないということを北朝鮮側もわかっているようです(拡声器放送の内容については、後編で詳しく触れます)。

それに加え、北朝鮮側が恐れているのが、韓国側による宣伝放送によって、北朝鮮国内の兵士や住民が影響を受けてしまう、ということです。

そのため、どうせ韓国住民に向けて放送をしても効果がないのなら、せめて自国民が韓国側の宣伝に影響されてしまわないよう、その対抗策として対南用の拡声器を内側に向け、中の兵士や住民に北朝鮮の放送内容を聞かせるようにするのだそうです。

 

けれども実際のところ、北朝鮮の拡声器の性能が低いため、韓国側から流される拡声器音声の方がより大きい音で、なおかつ広い範囲に届くそうです。

そのため、北朝鮮内で韓国向けの宣伝放送が流れているところでも、その地域住民には韓国から流されている放送内容も同時に聞こえるため、住民たちはやはり韓国側からの放送内容に心理的な影響を受けるとのことです。

 

対北拡声器放送を準備する韓国軍兵士

私は以前、「宣伝合戦なんかで、お互い本当に意味があるのか?」という疑問を抱いたことがあり、韓国でも同じように感じる人々が少なくなかったようです。

ところが、脱北兵や脱北者の数多くの証言により、韓国による対北拡声器放送を聞いて脱北することを決意した人々が少なくないということがわかって来ました。

そう考えると、放送や情報というものの影響力は、やはり計り知れないものがあるのだと、改めて驚きました。

 

では、その対北拡声器放送の内容とはどのようなものなのでしょうか?

 

長くなったため、後編に続きます。

『脱北兵や家族・住民に影響の拡声器放送とは?宣伝音声の内容[後編]』

 

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