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中村勘九郎の家族が凄い!祖父(人間国宝)や父、弟の歌舞伎一家!

12月22日(金)の『独占密着!中村屋ファミリー 勘九郎父との約束 4歳と6歳の猛稽古 泣いて笑って300日』で、中村屋の家族について放送!

 

歌舞伎の世界はとても厳しそうですが、伝統芸を継ぐ一家であるため、家族それぞれの役割は特別なものであり重要そうです。

その中村屋ファミリーについて、勘九郎さんの祖父について調べてまとめてみました。

妻と子供については、下の方でご紹介しています。

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中村勘九郎はどんな人?

まず、中村勘九郎さんとはどんな方なのでしょうか?

東京都出身で1981年生まれ、現在36歳です。

本名は、波野雅行(なみの まさゆき)です。

 

中村勘九郎という名前は歌舞伎名跡、そして屋号は中村屋だということです。

・・・と、ここで気になるのが「歌舞伎名跡」と「屋号」というところ。

「名跡」というのも聞きなれない言葉で、また屋号というと、事業をしている場合に使われますが、歌舞伎で屋号とはどういう意味なのかと思い、調べてみました

 

歌舞伎名跡とは?

まず、「名跡」に関してですが、歌舞伎役者の名前(ここでは、中村勘九郎)というのは代々受け継がれて行く名前(襲名)だそうで、名前が受け継がれて行くとともに、伝統的な芸風や得意演目などもあわせて受け継がれて行くのだそうです。

 

そのため、中村勘九郎さんのお父さまも以前は「中村勘九郎」という名前でもって活動をされていました

現在この「名跡」を襲名して活動されているのが、こちらの中村勘九郎さんなのですね。

 

私は中村勘九郎さんと言うと、当代の勘九郎さんが思い浮かぶのですが、年代によっては、勘九郎さんと言えば先代の勘九郎さん(今の勘九郎さんの父)のことを思い浮かべる方も多いのかも知れませんね。

 

また興味深いのが、代表的な名跡の場合、その名跡を継ぐまでには、段階的に別の名前を経る必要があるものがあるそうです。

例えば、市川團十郎(いちかわ だんじゅうろう)という名跡の場合、まずは新之助、そして次に海老蔵を経て、最終的に團十郎となるのだそうです。

 

市川團十郎さんや海老蔵さんというと、この方々を思い浮かべますが、これは名跡というものだったのですね。

 

ということは、今世間で広く知られている海老蔵さんは、やがては團十郎さんになるということですね。

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歌舞伎の屋号とは?

 

そして、「屋号」についてですが、これはそれぞれの家系に独特のもので、中村勘九郎さんの家では今では代々「中村屋」を名乗っており、また例えば市川團十郎さんの家系では「成田屋」となっているそうです。

 

これは、江戸時代に歌舞伎俳優は苗字を名乗ることが許されていなかったため、屋号をつけて名乗るようになったことが関係しているそうです。

というのも、江戸時代は武士以外、公の場で苗字を名乗ることが許されていませんでした。

とは言っても、商家の場合、商売のために屋号を名乗っていたため、歌舞伎俳優もそれに倣って屋号を使い始めたのでは、と言われているそうです。

歌舞伎俳優の家の屋号の決め方は、それぞれ元々使っていた商家の屋号を使ったり、出身地にちなんだ名前にしたりと色々だったようです。

 

中村屋は名跡の「中村勘九郎」から来た、わかりやすい屋号ですね。

ちなみに、市川家の場合の屋号は「成田屋」だと上で触れましたが、これは初代の市川團十郎さんが成田山を信仰していたことから、この屋号を名乗るようになったそうです。

 

また、江戸時代の歌舞伎俳優の地位を見てみると、歌舞伎が大人気となるまでは差別的な身分であったそうです。

 

こういったことは日本に限らず、他の国々でも同じですね。

大衆を楽しませる役者というのは、長い間蔑まされていたところがありますからね。

 

でも不思議なのが、色々な国の旅芸人にしろ、舞台役者にしろ、普段人々は見下しながらも、実際にそういったものを観る機会があれば、喜んで鑑賞し、大いに楽しむということです。

素晴らしいものを観ながらも、一方では下に見るといった不思議な心理だと感じます。

 

現代ではそういった意識はなくなって来たので、良かったですね。

 

勘九郎さんの性格

 

そんな当代勘九郎さんですが、性格は真面目で優しい方だそうで、家族や周囲の評判も良いものばかりのようです。

 

勘九郎さんは歌舞伎役者ですが、俳優として数々の映画やドラマにも出演しています。

 

では、中村勘九郎さんの祖父と父について、見てみましょう

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勘九郎の祖父

祖父

当代中村勘九郎さんの祖父は、父方が17代目中村勘三郎さん。

本名は、波野聖司(なみの せいじ)です。

出典:Wikipedia「十七代目 中村勘三郎」

 

この「中村勘三郎」というのも上で触れた名跡で、屋号は興味深いごとに、これまで何度か変更されて来たようです。

初代は「柏屋(かしわや)」だったものが、14代目になると「舞鶴屋」になり、そして17代目からは現在の「中村屋」になったとのことです。

 

一般的に事業を行っていても、屋号を変更することはありますが、歌舞伎の世界で屋号を変更するのはどういった事情があってのことかと気になりますね。

調べてみたところ、代々受け継がれて行った中で、襲名にまつわる節目であったり、新たな出来事を堺に屋号が変更されて来たようです。

 

そして、中村屋の名跡は、中村勘九郎や勘三郎のほか、

中村勘太郎

中村長三郎

中村七之助

もあるようです。

 

17代目中村勘三郎さんは1909年(明治42年)生まれで、79歳でお亡くなりになっています。

 

そして母方の祖父である7代目中村芝翫(しかん)さんは、1928年(昭和3年)生まれ。

本名は中村眞喜雄(なかむら まきお)で、後に中村榮次郎(えいじろう)でした。

 

83歳で亡くなっていますが、何と俗に言う、人間国宝でした

 

いやいや、凄い一家ですね、改めて・・・。

 

続いて、勘九郎さんの父と弟さんについて見てみましょう。

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中村勘九郎の父と弟

勘九郎さんの父は、18代目中村勘三郎さん。

 

当代の勘九郎さんは、今私たちが知る勘九郎さんですが、上でも少し触れたように、以前は当代の勘九郎さんの父が中村勘九郎という名跡で、子役時代から46年もの間活動していたそうです。

 

本名は波野哲明(なみの のりあき)のため、「のりちゃん」という愛称で広く愛されていたそう。

 

そんな18代目中村勘三郎さんですが、2012年に57歳の若さでお亡くなりになっています。

 

勘九郎さんには弟さんが1人、2代目中村七之助さんがいます。

 

1983年生まれで、現在34歳。

本名は、波野隆行(なみの たかゆき)です。

 

弟さんも歌舞伎俳優で、また、俳優として様々な方面でも活動をされています。

例えば、トム・クルーズ主演のアメリカ映画、『ラストサムライ』では明治天皇役を演じていました。

 

伝統文化を継ぐ家系に生まれた兄弟というのは、どういった感じなのでしょうかね。

 

勘九郎さんの奥さんが言うには、二人はとても固い絆で結ばれているのがわかるそうです。

時には、意見のぶつかり合いもあるものの、良いものを創り上げて行きたいという熱い思いから起こることなのだそう。

そういった中で、切磋琢磨しながら共に精進し続けられる兄弟がいるというのは、とても素敵なことだと語っておられました。

 

父の18代目中村勘三郎さんが既に亡くなってしまったため、勘九郎さんや弟さんの中村七之助さんは父の力強い意志を受け継ぎ、ますます精進されているとのことです。

 

また、中村勘九郎さんの妻とお子さんについては、こちらの記事でご紹介しています。

【中村勘九郎の可愛い息子たち!想像以上の妻の役割、評価は98点?】

 

こちらの記事では、歌舞伎俳優の妻となることの厳しさ、そして歌舞伎一家の息子として役目を負うことの大変さなどが感じられます。

 

中村屋ファミリーの歌舞伎俳優たちは、みなさん凄いですね。

 

まとめ

中村勘九郎さんの一家、中村屋ファミリーについてまとめてみました。

今回の記事は、勘九郎さんの祖父や父、弟についてでした。

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