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三島由紀夫の妻と家族!妻にベタ惚れ?文豪の意外な一面とは

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三島由紀夫の妻である平岡瑤子について、11月24日(金)放送の『爆報!THEフライデー』で特集されました。

文豪の妻であった平岡瑤子とはどのような人物だったのか、三島由紀夫の妻に対する思いはどうだったのか、家族構成はどうだったのかなど、まとめてみました。

 

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三島由紀夫の妻、平岡瑤子

平岡瑤子は1937年(昭和12年)2月13日、東京都で日本画家の父・杉山寧と母・元子の間に生まれました。

旧姓は杉山瑤子。

子供の頃から目鼻立ちがハッキリした可愛らしい子だったようです。

三島由紀夫とは1958年にお見合いで知り合い、何度かデートを重ねた後に結婚に至りました。

 

旧姓が「杉山」で、三島由紀夫と結婚後に「平岡」となった平岡瑤子ですが、「あれ?苗字は三島じゃないの?」と思った方はいませんか?

三島由紀夫というのはペンネームで、本名は「平岡公威(ひらおか きみたけ)」なのです。

そのため、奥さんの名前の「平岡」なんですね。

 

結婚後は三島由紀夫を支えることに徹し、三島に関するよからぬ噂などに対しては常に毅然とした態度を貫き、まさに賢妻だったそうです。

 

話を先に進め、1970年(昭和45年)11月25日にいわゆる「三島事件」が起こりました。

そこで三島由紀夫が亡くなってからは、妻瑤子は、その事件で負傷した自衛隊のお見舞いをしたりと、対応に奔走されたようです。

その後は、亡き夫三島由紀夫の遺作発表に尽力し、その他、三島の蔵書や遺稿の保存整理に努めました。

1995年(平成7年)7月31日に亡くなり、満58歳でした。

 

三島由紀夫の平岡瑤子への想い

三島由紀夫が妻平岡瑤子をどのように思っていたのかが垣間見れるエピソードがいくつかあります。

一つは、結婚式の際にエピソードです。

そこで三島由紀夫は、招待客の間を歩き回りながら、妻平岡瑤子のことを「可愛いだろう」「可愛いでしょう」と言っていたそうです。

 

また、2015年には古い手紙が発見され、そこからも当時の三島由紀夫の平岡瑤子に対する思いが読み取れます。

それは、新婚旅行中に書かれ、アメリカの出版社の社長宛に近況報告として書かれたものでした。

そこには、こんな風に書かれていました。

「私の妻瑤子は21歳の大学生です。彼女はとてもかわいくて、良い子(really cute and sweet)
です」

出典:Wikipedia

普通に考えてみても、仕事関係の人、特に出版社の社長さん宛てに自分の妻のことをこんな風に褒める内容のことを書くことはあまりないですよね。

特に日本では身内のことを卑下した表現で表すことが多い文化ですからね。

例えば、「愚妻」とか「愚息」とか、こんな感じですね。

それが、”really cute and sweet” と表現するとは、三島由紀夫は本当に奥さんのことを可愛く思っていたのでしょう。

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三島由紀夫の家族構成

三島由紀夫と妻平岡瑤子の間には、お子さんが二人います。

お二方とも、現在もご存命です。

長女の平岡紀子(ひらおか のりこ)さん、1959年生まれで演出家。

長男の平岡威一郎(ひらおか いいちろう)さん、1962年生まれで元実業家です。

 

まとめ

何かと衝撃的な印象が多い三島由紀夫ですが、こうして妻、平岡瑤子の人生について知ってみると、また違った印象を抱くようになりますね。

特に、三島由紀夫が奥さんのことを可愛いと思っていたことなどがわかるエピソードには、心温まり、意外な一面を知ることができますね。

 

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